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太平洋戦争

2018年8月18日 (土)

敗戦特集 この国を再び覆う『軍部の亡霊』と同調圧力―本音言えば『半殺し』 特攻隊員は事実上『強制』だった―

 終戦の日―いや正確に言えば『敗戦の日』を迎え、天皇陛下は「深い反省」との言葉を初めて口にされた。言うまでもなく、軍事政権を目指し、社会保障まで削ってアメリカに奉仕するアベを牽制しての言葉だろう。


対してアベは「加害」について、6年連続で言及をやめて「未来志向」なる不思議な表現を使い続けている。このスタンスの違いは明確である。

「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」「次世代に謝罪を続ける宿命を背負わせない」などと詭弁を弄しているが、自分の祖父がA級戦犯であることを棚に上げ、「惨禍を繰り返さない」と他人事のように言い、さらにはその主語もわからない。


誰が、何処で、どうやって、という肝心の内容が述べられていない。さらには次世代に謝罪を続けるうんぬんとあるが、そうさせないために国は戦争責任の再検証および、戦争被害者への支援や賠償等を行うべきでないのか。

あまつさえ何もせず、戦争資料を処分したり隠ぺいし、「南京大虐殺はなかった!」「自虐史観だ!」と史実に噛み付く議員を放置していることの方が、よっぽど次世代に重い十字架を背負わせることになるだろう。


私は当時の処分を免れたA級戦犯等の軍人らの責任を今こそ再検証し、英霊などといういい加減な扱いを受けている現状を見直すべきだと考える。

上司に命令され、嫌々特攻兵として散っていった者たちの子孫が、『英霊』として命令した上官と同じ場所に祀られているのは我慢ならない、と話しているのを報道で見た。


首相、今年も「加害」触れず 戦没者追悼式 天皇陛下は「深い反省」     2018年8月15日 夕刊 東京新聞


高校生平和大使の演説が去年に続き、今年も見送られるというのも、このアベの思想と無関係ではないと思う。

高校生平和大使演説、政府が実施要請せず 派遣団体要望見送り     2018年8月16日 夕刊 東京新聞



何せ、核軍縮条約に署名せず、「核保有国が参加していないから」というわけのわからん理由でアメリカと歩調を揃えるアベ政権ですから。参加していないから意味ないのなら、暴力団を取り締まる活動も「暴力団が参加していないから意味ない」ことになる。



今回は少しずれたが敗戦日特集として、当時軍部が国民に対して何をしてきたか、いかに無責任だったかを数々の記事を紹介することで考えてみようと思う。


見ていくとアベの思想がいかに戦前軍部のやり方と似通っているかが浮かび上がってくる。


つまり、GHQによって戦前→戦後とあたかも日本の国体が変わり、軍部が追い散らされたかのように目隠しされてきたが、実は当時の軍部の上層部はみな長寿をまっとうし、誰もがこの国の中枢に残ったまま日本国を牛耳ってきたことが見えてくる。


公安の設立目的や読売のCIA正力松太郎の件、あのロッキード事件に関わるCIA・児玉誉士雄の暗躍と失脚、ジャニーズ事務所の会長の血筋が軍部な件、高野山のトップが麻生の親戚であること、私立男子校の中には帰還した将校が建てた軍部思想の学校が多く、公立を含め軍隊的教育がプログラムされている(半裸で行進、人文字をつくる、丸坊主必須、精神強化合宿、精神論オンリーetc)などなど、枚挙に暇がないほど、この国の中枢は軍部に毒されている。しかも彼らは岸信介のように平気でアメリカにこの国を売り渡した国賊である。




以下、軍部がいかに愚かであったかを暴いた記事を紹介していく。


また、敗戦となった途端、己に罪が及ぶのを恐れて公文書を一斉焼却させる官僚どもも国賊である。同じく戦争を煽った新聞も焼却を命じたというのだから、いつの世も、この国の人間は無責任で臆病で限りなく『卑怯』だ。何百万人もの人間を死地に追いやっておいて、自分たちだけは助かろうとする。


どんな苦しみを味わって国民が死んでいったか、想像もできない安い人間たちだ。そして戦後、政治家たちは何をしたか。「食糧難のため、出産数を抑制する」と旧優生保護法を施行、数多くの悲劇が生まれた。いまもなお、責任を取る気はない、と国が宣言したのも記憶に新しい。

□国民の無知と悪意


赤紙配った、みんな死んでしもうた 軍に背き守った秘密 国吉美香2018年8月13日20時28分 朝日

>73年前の敗戦時、陸海軍や内務、外務、大蔵各省など日本のあらゆる組織が、機密性のある公文書焼却に血眼になった。軍は警察を通じて全国の役場にも焼却を命じた。だが、命令に背いた人もいた。

2018年8月12日 朝刊    <戦後73年> 小2のひと言、スパイ疑われ 中日新聞

>太平洋戦争直前から戦中にかけ、元愛知県職員の目崎久男さん(85)=名古屋市北区=は「スパイの子」「非国民」と、周囲から激しい非難を浴びせられた。何げなく口にした一言が誤解を呼び、「戦争の異常な雰囲気が生んだ、民衆のヒステリー」の標的となった。「あんな社会が、二度と来ないように」。終戦から七十三年の今夏、初めて経験を語る。

>小学校の二年生に編入した目崎さんは、同級生らから「なぜサイパンから帰ってきたのか」と尋ねられた。親から伝え聞いていた話をそのまま「近いうちに米英と戦争があるから、逃れてきた」と、深く考えずに答えてしまった

>多くの日本人は、新たな戦争が起きるとは考えていなかったころ。うわさはたちまち広まった。目崎さん一家は、敵国の情報を知るスパイの家庭と疑われ、父親は治安維持法に基づき一カ月ほど勾留された。暴力を含む過酷な取り調べを受けたのか、自宅に戻ってからも、三週間ほど寝たきりに。家の前では、特高の官憲が三カ月ほど、家族の動きを見張っていた。   

>しかし、官憲の姿が見えなくなってからが、本当の地獄だった。壁に「スパイの家」と落書きされ、近所の人たちから石やふん便、動物の死骸が投げ込まれた。火の付いたわらまでも。母や、幼い弟らを含む家族皆が「非国民、死んじまえ」とののしられ、目崎さんは学校で、教師から口に赤いテープを「×」の字に張られた。

ここで見るのは、官憲の愚かさと、一般国民の無知・悪意だ。


今の放射能・被災地いじめやデマによる沖縄での反基地運動への過剰なバッシングと通底するものがある。戦争責任において、もっとも責任があるのは、煽ったマスコミや軍部だけでなく、こうした『無知で愚かな国民』であると私は思う。


事実関係を理解しようともせず、『自分は御国のために正義を執行している』的な安っぽいナショナリズムで、傷付き弱った同胞をいたぶり、奈落の底へ叩き込む。


これほどの悪は他にないと思う。しなくていいことにエネルギーを注ぎ込む、という、人間のもっとも恥ずべき愚考の一つがナショナリズムを発火材として現れるのだ。




放置されている歴史修正主義のアホ議員は、やはりNHKの戦争加害のドキュメンタリーに噛み付いた。以下に紹介する記事を読めば(実際に戦地に赴いた生還兵たちの証言を聞けば)、こんな連中の言葉は嘘まみれの妄想だとわかるのだが、信じる愚か者がなぜか一定数存在するらしい。


そんな者たちが結局安っぽいナショナリズムで同胞を攻撃し、自らをも奈落のどん底へ落とし込むのだ。

NHKスペシャルで小野文恵アナが祖父の“戦争加害”に向き合うレポート! ネトウヨ議員・和田政宗が早速圧力 2018.08.15 リテラ

>しかし、やはりと言うべきか、このNHKスペシャルを攻撃する国会議員があらわれた。元NHKアナウンサーで自民党広報副本部長の和田政宗議員だ。和田議員といえば言わずとしれた“議員バッジをつけたネトウヨ”だが、『祖父が見た戦場』の初回放送中の11日21時38分にTwitterを更新。おそらく、リアルタイムで視聴しながら書き込んだのだと思われるが、こんなバッシングを展開してみせたのだ。

>〈もうNHKはメディアとして死んでいるというのが、昨年からの第二次大戦に関するNHKスペシャルの流れ。独自の検証もせずソ連側の主張や米軍の「戦犯」裁判の資料を一方的に肯定。もう私もNHKは擁護しない。NHKは何にも左右されず事実に基づく報道を行うとしての受信料徴収の根拠を失っているのではないか〉(原文ママ)


和田正宗よ、そう思うのならいますぐNHKの特権に斬り込み、受信料を払わずに済むよう、アベに提案してくれ。そうして初めて言行一致することになる。そもそも企業なのか法人なのかはっきりしない状態がおかしいのだ。


あと、『独自の検証もせず』というが、そもそも当時の軍部が資料を焼いてしまったから海外の資料に頼らねばならないのだが、その件についての見解はないのだろうか?


結局、戦後の生まれの人間にとって軍部の責任についてはある意味他人事なわけで、わざわざ戦争責任をかばってやる必要はないはずだが、なぜアベやこの議員を始め、日本会議の連中は当時の軍部を庇おうとするのか解せない。さっさと責任を追及して、謝罪でもなんでもしてすっきりした方がよほど後世の為になると思うのだが。




□特攻志願は上官の恫喝による『ほぼ強制』だった




以下の記事は、当時の軍部はアメリカに対する正確な情報を持っていたこと、なのに東条を始め軍部はそれを揉み潰したこと、その理由は対アメリカ用予算を無駄にしたくなかったことなど、その信じられない隠ぺい体質が暴かれている。まったくもってそのDNAは今へと引き継がれている。

太平洋戦争「開戦の日」に考えてほしいこと 現代史は日本人が学ぶべき最重要科目である 次ページ » 丹羽 宇一郎 : 元伊藤忠商事社長・元中国大使 東洋経済オンライン

>研究会の報告は、「開戦初期には勝利が見込めるものの、長期戦になることは必至であり、日本の国力では、資源不足と生産力不足によって戦力の低下は避けられない。戦局が決定的に悪化すれば、最終局面で必ずソ連は参戦し日本は敗れる」という、ほぼ実際の日米戦をトレースする精度の高いものだった。日本必敗である。

>しかし、この報告を聞いた東條英機陸相は、「これはあくまでも机上の演習でありまして、実際の戦争というものは、君達が考えているようなものではない」と論評、戦争はやってみなければ勝利はどっちに転ぶかわからない、と研究会の報告を握りつぶした。その一方で、東条陸相は「この机上演習の経緯を、諸君は軽はずみに口外してはならぬ」と口止めすることは忘れなかった。

>中国で戦争している陸軍にとって、アメリカまで相手にすれば、ますます戦況が不利になることは明白、とはいえいまさら非戦とは陸軍から言い出しにくいので海軍に頼んだ。だが、海軍は海軍で日露戦争以後アメリカを仮想敵国として予算を獲得してきた経緯がある。

>アメリカでも自国中心の歴史認識の誤謬(ごびゅう)を訴える学者がいた。ヘレン・ミアーズは終戦直後にGHQの一員として日本へやって来た日本研究者である。

そしてここからはアホな治安維持法の実態(いわゆる赤狩り。しかし拡大解釈されすぎて『共産主義とはなんぞ?』状態に)、美化される特攻兵の出撃は決して志願ではなく、上官の恫喝による『ほぼ強制の命令』だったことが語られている。

この特攻の話は今の日大アメフト問題やボクシング協会の問題、財務省公文書改ざんによる職員自殺の問題と決して無縁でなく、地続きであることを教えてくれる。


後の方にある、「自分たち兵らは草を食べてるのに、上官たちは非常用の銀飯を食べていた。それを分けてくれといっても断られた。何がお国のための戦争だと思った」という証言は生々しく、日本軍部の本質を見た気がした。当時は統制され、食べ物もろくに手に入らなかったというのに、軍部だけは妓楼に出入りし、高価な和菓子やケーキを食べていた、というのは有名な話だ。無能な上層部を甘やかした結果があの敗戦だ。


作戦本部を優先すべき、という大義はもう否定されたはずが、なぜか自民は同じ方針をなぞっている。そして国民もそれを黙認している。もう一度、私たちは過去の戦争の惨禍だけでなく、どのようにしてそこに至ったかを考え直す必要があると思う。本当に必要な人材を税金で養っているのだろうか?

「思想犯」にされた日々 95歳と96歳 治安維持法を語る 2017/9/13(水) 9:47 配信

>実は当時、美術の「生活図画教育」と同様の教育運動が、作文にもあった。「生活綴方(つづりかた)教育」と呼ばれ、ありのままの日常を記すことを生徒たちに促す教育法だ。ところが、1940年から41年にかけて「生活綴方教育」を進めていた教員らが、治安維持法違反で全国一斉に検挙される事件があった。「子どもに資本主義社会の矛盾を自覚させ、共産主義につながる」との理由で、逮捕者は300人以上だったとされる。

>「治安維持法は最初の10年で共産主義運動をほぼ抑え込み、次の10年は共産党という標的がほとんどなくなりました。そのため、天皇制になじまない創価学会や大本教などの宗教団体にも拡大。特に戦争が本格化する段階では、国民全てを戦争協力の体制に組み込むため、その目的に抵抗する者、障害になると特高警察が見なした者は次々と逮捕され、やがて一掃されたのです」

>例えば、文部省の極秘資料だった「思想情報」によると、シュールレアリスム(超現実主義)の巨匠・ダリの「記憶の固執」も共産主義と深い関係があるとされ、日本のシュールレアリスム画家が検挙された。また、鹿児島県の文芸誌に載った俳句「われ等馬肉 大いに喰(く)らひ 笠沙雨(かささあめ)」についても3人が逮捕されている。「馬は、軍馬として戦地で立派に役目を果たしている。その馬を食べることは反軍的」という理由だった。



(・・・あほくさ。こんな頭の人間は今も警察にいるだろうから、共謀罪や秘密保護法が濫用されたら同様の悲劇が訪れることだろう。ネトウヨはなぜそれを「ない」と自信持って言えるのだろう。すでに前例があるのに。)

特攻隊員は「志願して死んでいった」のか 上官は「必ず死んでこい」と言った 政治・社会 2018.1.9 鴻上尚史 プレジデントオンライン

>『神風特別攻撃隊』という戦後、ベストセラーになった本があります。大西瀧治郎中将の部下であり、海軍の特攻を命じた中島正、猪口力平の二人が書いたものです。

>ですが、生き残った浜崎勇一飛曹の証言によれば、23人の搭乗員達は、あまりの急な話に驚き、言葉も発せずに棒立ちになっていました。反応が鈍いのに苛立った玉井副官は、突然、大声で、  「行くのか行かんのか!」と叫びました。その声に、反射的に総員が手を挙げたのです。 (中略:筆者注)全員が「自発的に志願」した瞬間でした(『敷島隊 死への五日間』根本順善 光人社NF文庫)。

当事者の隊員がこう証言していても、中島は、戦後もずっと当人達の意志を紙に書かせたと主張し続け、航空自衛隊に入り、第一航空団指令などの要職を経て、空将補まで上り詰めました。

特攻隊の全員が志願なら、自分達上官の責任は免除されます。(中略:筆者注)多くの上官は、「私もあとに続く」とか「最後の一機で私も特攻する」と演説していたのです。

>2012年8月28日に放送されたNHK『クローズアップ現代』は奇妙な内容でした。海上自衛隊第一術科学校の倉庫の奥深くから大量の特攻隊員の遺書が見つかったことが始まりでした。

>なぜここにあるのかと調べていくうちに、1949年(昭和24年)、特攻隊員の遺書を遺族から回収して歩いた男がいたことが分かります。男は、特務機関の一員だと名乗り、このことは口外しないようにと遺族達に言いました。もちろん、戦後ですから、もう特務機関などというものは存在しません。

> 『死にゆく二十歳の真情 神風特別攻撃隊員の手記』(読売新聞社)の著者、元特攻隊員の長峯良斉氏は「(遺書は)それが必ず他人(多くの場合は上官)の手を経て行くことを知っており、そこに(中略)『死にたくはないのだが……』などとは書けない」と書いています。

>『神風特別攻撃隊』という本は、徹底的に「命令した側」の視点で、特攻隊を世界的に広めたのです。  ちなみに、(特攻を命じた:筆者注)猪口力平と中島正は、それぞれ昭和の終わりと平成まで生き、80歳と86歳で亡くなりました。

鴻上尚史が喝破! 特攻隊の理不尽は過去のものじゃない…過重労働もいじめも「同調圧力は日本人の宿痾なのかもしれない」 2018.02.26 リテラ


本音言えば「半殺しに遭う」 特攻隊志願、事実上の強制 8/14(火) 11:00配信 神戸新聞ネクスト

>午後から、海軍飛行予科練習生(予科練)からの同期生で酒でも飲んで気分を変えようと、北条の町(加西市中心部)に繰り出した。「何て書いた?」。自然とそんな話になる。白紙や「希望しない」という者はいない。「半殺しに遭うもんな」と語り合った。   「建前社会の軍隊では本音が言えず、事実上の強制だった」

『報道特集』が日本軍の戦犯証拠隠滅の実態を明らかに! 安倍政権の歴史修正主義と公文書改ざんの原点2018.08.15 リテラ

>終戦当時内務省の官僚だった故・奥野誠亮元法相は後年、公文書焼却の指示についてこう明かしている。  「ポツダム宣言は「戦犯の処罰」を書いていて、戦犯問題が起きるから、戦犯にかかわるような文書は全部焼いちまえ、となったんだ。会議では私が「証拠にされるような公文書は全部焼かせてしまおう」と言った。犯罪人を出さないためにね。会議を終え、公文書焼却の指令書を書いた」(読売新聞2015年8月11日)



鴻上尚史が受けた衝撃… 特攻帰還者を幽閉した「振武寮」の驚愕の内幕とは?       鴻上尚史2018.8.15 AERAドット


生き残った兵士たちを監禁… ミッドウェー海戦大惨敗を隠すために国がしたこと       下地毅2018.8.15 07:00 AERAドット

>大惨敗のミッドウェー海戦から帰ってきた瀧本さんを待っていたのは、病棟への監禁だった。  「なんでやと。罪人あつかいやないか。俺ら、そんな悪いことした覚えはないわ。そう思とりますやん。こんなばかな話はないと腹がたちました」   理由は新聞報道で知った。「我が方の損害」として空母1隻喪失、同1隻大破という大本営発表が書かれていた。

>事実を漏らされないようにと監禁されたに違いなかった。


>木の葉を海水で煮て食らうしかない日々。餓死していく下っぱ兵たちを尻目に、非常用の備蓄食糧に手を出して食べている上官たち。どうにも我慢ならなくて瀧本さんは分隊長に食糧の開放を願いでる。  「一発でことわられました」 「われわれ下っぱが草を食って命をつないでいるときに、士官どもは銀飯を食べとるんですよ。銀飯ですよ、銀飯。こっちは草くうとるんや」


開拓団の「性接待」告白 「なかったことにできない」 里見稔、編集委員・伊藤智章2018年8月15日20時27分 朝日

Listening <毎日新聞1945>白紙新聞 戦中の原稿、掲載せず 2015年9月21日

「命を捨てろ。でも補償はしない」空襲被害者に冷酷すぎる日本政府 2018.8.15 大前 治弁護士 現代ビジネス


「コチコチの愛国者ほど国をダメにする者はいない」半藤一利氏が若い世代に伝える   高橋浩祐 Aug. 08, 2018, 05:00 BUSINESS INSIDER JAPAN

>負けたことの責任は、太平洋戦争の4年半を丁寧に調べるほど、やはり指導者は全く無能無責任でした。

>戦争を起こすまでの過程における戦争責任は、細かく分けた方がいい。昭和6年(1931)の満州事変から昭和13年(1938年)の国家総動員法を通過させるまでは指導者には責任があります。

> 高橋:陸軍幹部ですか。

>半藤:いや陸軍も海軍もです。国家総動員法ができてから(太平洋)戦争を起こすまでの重大な責任は軍部にあります。これは間違いない。



>その後、アメリカから石油の全面禁輸という痛棒をくらい、もう戦争だ、戦争だと勢いがつき、平和を求めるなんて気持ちがなくなったことから言うと、国民にも随分責任はありますね。

>ジャーナリズムが健全だったのは満州事変までですね。満州事変が起きた第一報は日本放送協会なんですよ。今のNHKですね。

>それを新聞はラジオよりも早く報じたいと思えば、情報がものすごく欲しい。情報は全部軍部が握っているわけです。軍部に媚を売らなければ情報はもらえない。それですっかり軍部の宣伝機関のようになっていく。  高橋:今と似ていますね。政権から情報をもらいたい余りに媚を売っている記者もいる。  半藤:今とあんまり変わらないんです。新聞も、自分たちが戦争を煽っているつもりはなかったと思いますね。新聞社同士の競争もありますから。  ただ、よく各新聞社の社史には「軍部と内務省の圧力で言論を封じられたので、新聞もそうならざるを得なかった」と書いてありますが、それは嘘ですね。みんな自分たちで煽っていますから。競争で読者の要望に応じ、読者の関心を引くためにそうせざるを得なかったわけです。  高橋:それで新聞は当時、発行部数をどんどん伸ばしましたね。

最後に、許されざる国賊・岸信介の孫の暴挙について。本当に国民は自民の改憲案を一度読むべきだろう。学校でもぜひ社会の時間で教えて欲しいと思う。私が小学校の頃は憲法前文や9条は丸暗記させられたものだ。いつから「護憲派」なる言葉が当然のごとく闊歩し、「9条守れ」が「特定の政治思想」になったのか。

安倍首相が終戦の日めぐり露骨! 靖国神社の源流の神社に参拝し、自民党声明から「民主主義、基本的人権の堅持」削除2018.08.15 リテラ

>本日、自民党が公表したこの声明は、昨年の声明には書かれていた“ある箇所”がごそっと削除されているのだ。去年あったのに、今年削除されたのはこんな文章だ。  〈今後も自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値を堅持〉   言わずもがな、「自由、民主主義、基本的人権、法の支配」は現行憲法の原理原則だ。この重要な文章を、今年、削除してしまったというのは、完全に現在の自民党の本音を露わにしていると言っていいだろう。




ほんとうにいい加減、国民はメディアや政府に踊らされず、立ち止まって考え直さないと、取り返しのつかないところに来ている自覚をもっと知ってほしいと思う。


そして、戦前のように政府の思惑通りに動いて反対するものを抑圧し、バッシングする行為は、スマートどころか非常に『カッコ悪い』し、この上なく『ダサい』ことを理解して欲しいと思う。


だって、『虎の威を借る狐』って、決して褒め言葉じゃないでしょう?

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