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2018年4月10日 (火)

旧優生保護法、のこと。医師「――仕方なかった」。問題に共通する日本の闇・軍部の思想

 この間の報道特集では旧優生保護法の問題が取り上げられていて、当時不妊手術に関わった医師の聞き書きを見て、私は恐ろしくなった。


というのは、人間が勝手に障害者を下に見て、強制不妊手術という悪鬼のごとき振る舞いをしたというショックもあるが、何より、『国の命令だから仕方なかった』と答える医師の言葉に呆然となった。


旧優生保護法は1948年に施行され、なんと1996年まで存在した天下の悪法である。約1万6千人が強制不妊手術を受けたとされ、中には9歳の子どももいたという。


国民優生法という、元になった法律は1940年に施行されており、軍部が「産めよ増やせよ」を目的に遺伝疾患の断種、及び中絶の取り締まりを目的に作られたものだった。


一方で『本人の同意なしでも適用可能』でありながら、実際の手術件数は少なかったという。参考:SOSHIRENホームページhttp://www.soshiren.org/yuseihogo_toha.html


なのに、この旧優生保護法は戦後3年目の年に始まった挙句、多くの人々に苦しみを与えることになる。アメリカやドイツなど、世界で戦前大流行だった優生学を、遅れて取り入れた形だ。


戦前とは逆に、増えすぎる人口の制御が目的だったのではないか、とSOSHIRENホームページでは指摘している。北海道では行政が旗を振り、被害が大きかったというから闇が深い。


それにしても、こんなおぞましい法律を通したのは何者だったのだろう、と我らがウィキペディアを覗いてみると、谷口弥三郎という自民参院議員らしい。参考 wikipedia谷口弥三郎https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%8F%A3%E5%BC%A5%E4%B8%89%E9%83%8E


この男は当時の社会党を口先三寸で丸め込み、「母体保護のため」と利用して法案を通させた後、すぐに切り捨てている。しかも、戦前は軍部の言う「産めよ増やせよ」方策を推し進め、戦後は反対に「産児制限」に舵をきったというのだから、恐ろしいほどの無責任だ。


さらには谷口自身も日露戦争で従軍、産婦人科医であり、ドイツに留学している。その時に優生思想に触れたのだろうか。


医者の意思、ひいては行政の意思で人の出産をコントロールしようという思想には、私は嫌悪感しか抱かない。これほどに惨たらしく、忌まわしい被害を大規模に広めた罪は歴史に残り続けるだろう。


しかしこの男は選挙に勝ち続け、『厚生委員会母子福祉に関する小委員会の委員』、 『参議院社会労働委員会委員長』に就任した。


また、恐ろしいことに日本医師会会長を務め、久留米大学の学長にまでなった。世の中の理不尽さと、国民の無知を思わずにはいられない。


やはり、日本に惨禍をもたらすのは日本会議と同じく、軍国主義の思想だった。



私が衝撃を受けた報道特集の内容、医者たちはこの国の要請の前に「やるしかなかった」という答えを残していた。


医者たちはそう言うが、当時のつい数年前は戦中だ。軍部によって戦争に加担させられ、国民は「仕方がなかった」と 後悔したばかりではなかったのか。

「産めよ増やせよ」「欲しがりません勝つまでは」「軍人さんありがとう」。

国家総動員で隣組でお互いを縛っていた過去をもう忘れたというのか。

数百万といわれる男たちが戦場に散り、多くの前途ある若者たちを戦線に送り続けた結果がこれだったのか。


戦後に生まれた私にしてみれば、何も過去に学んでいない・反省していない人間たちに愕然としてしまったのだった。


私が許せないのが、この「仕方がなかった」という言葉だ。


これは悪いのは自分でなく、「他の誰か」、つまり『政府には逆らえなかった』と責任を回避している表れだ。


自分が手術を断ればいい話なのに、その勇気がないから「仕方なくやった」。


された相手の心と体をいくら傷つけようが、己の安全(といってもどれほどの圧力なのか?)と引き換えに多くの人を犠牲にし続けた事実は変わらない。



馬鹿げているのが、そんな中で不妊手術をする際、禁じられていたはずの放射線手術がなされていたことだ。めちゃくちゃ積極的じゃないか。データが欲しかったのか。


上記谷口弥三郎の項でも触れられていたが、これは多分に経済利権が噛んでいたという。胸の悪くなる話だ。


結局、戦中軍部に踊らされ、反戦を口にせず、口にする者を密告して足を引っ張り、ともに惨禍に引きずり込んだ時代と何一つ変わっていなかったらしい。


戦争に負け、GHQが内政に口出しし、自分たちで戦争を総括しなかったために、『反省』そのものができなかったのだろう。


日本人は集団圧力にあまりにも弱い。お互い村で耕作・収穫する農耕民の名残か、つまはじきにされることへの恐怖が異常だ。さらには江戸時代から続くお上至上主義。


そのくせ、とかく責任を取りたがらず、すぐ他のせいにして逃げる。「あの時は仕方がなかった」と水に流そうとする。


これは究極的に日本人の悪いところだと思う。責任の取り方をしらない大人が多過ぎる。国会を見ていても官僚の責任にして逃げようとし、あまつさえ「高い倫理観を持て」などと厚顔で説諭する総理大臣がいる。


思えば倫理観の低い恐ろしい国だ。



この旧優生保護法だけでなく、ある自分の知識の及ばぬ事態があると、勝手に妄想を働かせ、差別して自分の視界から消し、蓋をしようとする。


ハンセン病による差別や、水俣病における無理解な近隣住民の差別、原爆被害者への差別や、最近では福島原発事故による放射能汚染の差別。


現代ではほとんどの人が大学を卒業して、一般教養は身に着けているはず、なのにである。



人はこうも直近の過去からも学べず、反省しない生き物なのか。



今のアベを支える人々も、かつての日本人と同じなのかもしれない、と暗澹たる気持ちになったこの数日であった。

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