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2018年1月 5日 (金)

テレ朝『君の名は。』考 絶賛されていたけれど・・・私の偏った一私見(長文)

 各所で絶賛され、メディアもこぞって持ち上げていた『君の名は。』。
映画CMやネット紹介記事を見る限り、「結構ありきたりだし、ネタも古いなあ」と見ぬままでいた。正直どうしてそんなに若者の心を捉えたのだろう、とずっと首を傾げていた。

しかしあまりの人気だというから、一度見なくては批判もできまい、と考えているうち、地上波で流れることになり、視聴。


 (以下ブログ主による偏見と思い込みによる批判記事となりますので、『君の名は。』が好きな方は読むのをご遠慮なさることをお勧めいたします)

                   ――

みなが『ものすごい映像美』と絶賛する絵は確かに丁寧できれいだが、私にとっては陰影がやや乏しく感じられ、光を強調した描写はどこか空疎で苦手意識を覚えた(もう年寄りの感性なのかも)。どこか描かれる世界に奥行きを感じられなかったのだ。


どこかで見た絵柄だと思えば、ACジャパンのアニメCMと制作会社が同じである。あの悪名高い大成建設(公共事業請負No.1)のCMも同様で、あのウソ丸出しのあざといCMが好きになれなかった(私は基本的にACジャパンのCMは身震いするほど嫌いだ。道徳的なことを一面から押し付けてくるし、何よりも表現が気持ち悪い)。


仕事の依頼で作ったのだから罪はないのかもしれないが、CMに対して私が勝手に抱いた印象から、あの絵に苦手意識を持ったのかもしれなかった。


で、絵のことはともかくストーリーだ。


以前も話題にした『シン・ゴジラ』はネットで叩かれた割に面白く、エンターテイメントとしてよくできていた。私自身、勝手に思い込みで「しょうもない」と決めつけていたから、実際見て面白かったのは収穫だった。

だから今回も「どうせ入れ替わりとか使い古されたネタや、時空を超えたSF的な要素で客の関心を引き、みなが好みそうな小道具を散りばめて感動を呼ぶんだろう」と勝手な憶測を立て、実際見ればそれが覆されるのでは、と期待していた。


ところが実際見ればその予想のままであり、拍子抜けしてしまった。


ぶっちゃけた話、私にとってこの映画は「面白くない」のではなく、「よくわからない」のだ。


それは何もストーリーや設定がわからないというわけではない。ただ、登場人物たちにとって、このストーリーは必然性がないというか、なぜこの表現にしたの?と首を傾げるところが多く感じた。


とにかく見終わった後、言うに言えないモヤモヤした、すっきりしない気持ちが残るのである。


ネットで検索すると、少なからず同じように思った人がコメントされているのを知り、私だけが感性がおかしいのではない、と安心することができた。


一番よくわからないのが「神様」の存在である。ヒロインの祖母の口からその存在が語られるのだが、作中ではだからといって神自身が出てくる訳でも、交信するシーンがあるわけでもなく、言ってみれば「マユツバ」的な存在で描かれている。


しかし最終的にはヒロインの家系に干渉し、時空を超えて対象者に「入れ替わり」を行い、隕石飛来による町の消滅を避けるために尽力している。


そこまで大きく作用する存在なら、もう少しヒロインと交信するとか、何らかの具体的なエピソードが必要だったのではなかろうか。そんなものといえばそんなものだが、早死にしたヒロインの母や、そのせいで政治家となった父のエピソードなどは、それがないと薄っぺらくて何のための設定かわからない。


設定があるならもっとわかるように伝えて欲しかった。


そのため、入れ替わりのエピソードも「なんで突然?」となり、それによってお互いが惹かれあうと言われても、「そうかな?」と首を捻ってしまうのだ。

大体、周りの人はどの段階で、二人が入れ替わっていた間のことを忘れたのか。


二人が惹かれあうところは、もう少し丁寧にエピソードを積み上げてもよかったのでは。あれではまるでダイジェストだ。感情移入しようがない。



とにかく疑問はすべて「神様」の存在に尽きる。


「口噛み酒」の登場する必然性は感じられないし、どうしてそれを飲んだ彼が意識をタイムスリップできるのか。神様の力だとしても理屈が乱暴すぎないか。


また、「彼は誰」「誰そ彼」と「黄泉の国」「黄昏」を並べて死と再生の理屈をつなぎ、「かたわれ」なる造語と「産日(ムスヒ・劇中ではムスビ)」の力によって一応の説明が試みられていた。


産日(ムスヒ)とは古事記に出てくる原初の神・神産日命(カムムスヒノミコト)に見られるように、この世を生成するエネルギーを表す言葉だ。それをどこかで知った監督が「ムスビの力」として作中に組み込んだのは理解できる。しかし、どうにもそれだけでは各要素をつないだだけで、説得力に欠けているように思えた。



二人の擦れ違いについても、記憶が消えていくことからの悲劇性を強調し、本家「君の名は」的なラインへ行くのかと思えば、それはただのポーズだけで、パロディでしかなかったように思う(何のためのパロディなのだろう)。



結局、この映画は何を言いたかったのか。二人の運命的な出会いからの隕石回避への宿命、記憶のない中での奇跡的な再会、であろうか。


思いは時を越え、宿命をも凌駕する、というところか。だが、巷で言われているように感動するにも、どこで感動したらいいのかわからなかった。いろいろ気になるところが多かったせいもあるが、言うほど二人の思いはぶつかり合っていないし、どの段階で「愛する」ようになったのか不明である。


せいぜい『おかしな出会いで得た異性の友達』レベルでは?と年寄りは思ってしまう。興味は覚えても恋までいくほど互いを知っているか?という話で、知りたいからこそ互いの街を訪ねたのではないか。


恋が始まる前の大冒険、そんなポジションで語った方がわかりやすかった気がする。



以前、漫画家の江川達也氏がこの映画についてコメントを求められ、「これは売れるなと思いましたけど、プロから見ると全然面白くないんですよ。作家性が薄くて、売れる要素ばっかりぶちこんでるちょっと軽い作品」と答えたそうだが、私もまったく同じ印象を覚えた。


『江川達也氏 「君の名は。」に持論「プロから見ると全然面白くない」』 (スポニチ2016年10月6日 ) https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/10/06/kiji/K20161006013485570.html


江川氏はさらに

>「(作品を)絶賛している人が、面白くなかったと言う人を凄くディスるんですよ。『見なきゃダメだよ』とか言って」と指摘。「ある種、『君の名は。』はファシズム映画なんですよね」


と言ったことでファンを怒らせ、炎上したらしい。


確かにファシズムは言い過ぎだが、言いたいことはわからなくもないと思った。いくら自分が気に入ったからといって、それに反対する意見を言う者をよってたかって叩くのはネトウヨと変わらない。



私が気がかりなのはこの監督(というか製作会社)がNHKや大成建設、ACジャパンなどの政府系組織から仕事を受注していることだ。つまり、プロパガンダとして利用されていくのでは、と危惧している。


上のスポニチの記事でも新海監督と面識のある評論家として、あの政府御用評論家の岸博幸が顔を出し、賞賛している。NHKの対談番組でも監督が出演していた。


監督本人の交友関係によるのか、使える人材としてマークされているのかわからないが、そこはかとなく政府の匂いが残り香のように漂っている。



・・・この作品は本当に発表通りの人気だったのか。壮絶人気だという広告に乗せれられて人々が映画館に足を運び、それによって数字が増えていったのでは――。


疑り深い私はついそんな妄想を抱いてしまった。


売れる要素をつなげることで商品化、若者たちを扇動する道具にされていかないか。私は最近の政権のやり方を見て危機感を覚えている。この映画が、その試みの一つしての成功とみなされていないことを切に祈る。

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